大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)2号 判決

一 原告主張の特許庁の審決が成立するにいたる特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び右審決の理由の要点に関する原告主張事実は、被告の認めて争わないところである。

二 そこで、右審決に原告主張の取消事由が存するか否かについて審究する。

引用例の記載として、前記認定にかかる右審決の理由が示すような内容のものが存し、本願発明と引用例の方法との間に右審決の理由が示すような構成上の相違点が存するという原告主張事実は当事者間に争いがなく、右両者が定性の原理及び技術内容を全く異にすることは被告の認めて争わないところである。そして、その相違点を更に立入つて検討するのに、成立に争いのない甲第五号証の本願発明の明細書(ただし、昭和三十九年十二月四日付補正にかかるもの)中、発明の詳細な説明として、「従来、ガスクロマトグラフは少量の気体、液体の分離定量は可能であるが、定性分析は、多くは、単にカラムの性質から、おおよそ、その見当をつけるか、吸収によつて特定成分を区別するのみで、全般的な定性分析を同時に期待することができず、ガスクロマトグラフによる分離成分について定性を行うには、マススペクトロメーターのような定性専用の測定手段を併用していたが、本願発明は、その要旨のように、ガスクロマトグラフにおける検出器として普通に知られている熱伝導セル検出器と焔イオン化検出器を組み合せて使用することにより同一の溶出成分を右両検出器の順序に検出を行い、その検出結果を比較して定性を行おうとするものである。熱伝導セル検出器は、水素に対して他の物質の熱伝導度が極端に異なり、かつ、水素に対する差に比ベて、多くの物質の熱伝導度の間の差が少ないことによつて、キヤリヤーガスとして水素を用いるとき、各溶出成分に相当するピーク面積比が、各物質の含有量にほぼ比例するという特徴を有し、焔イオン化検出器は、水素焔中で有機物質が分解する際の焔の電気伝導度の変化を測定するもので、感度が非常に高いが、電気伝導度が炭素原子数に従つて変化するため、各溶出成分に対する感度が著しく異なり、かつ、無機物質に対しては全く感じない。本願発明は、試料を熱伝導セル検出器を通過せしめた直後、焔イオン化検出器を通過せしめ、両検出器間の距離をキヤリヤーガス流速と記録紙送りによつて決定してから、各溶出成分のピークを記録紙に、互にインクの色を変え、重ねて記録するようにし、これにより熱伝導セル検出器によるピークと焔イオン化検出器によるピークとを比較することにより定性ができることとなる。この場合、焔イオン化検出器の感度は、熱伝導セル検出器の感度よりはるかに高いから適当に感度を下げ、例えば、メタンについては前者のピークを後者のピークの<省略>に調節しておけば、C2一分子ではその比は<省略>、C3一分子では<省略>等となつて、両者のピーク比を見て溶出成分の炭素数を直ちに決定することができ、一般に、両検出器による比が全く等しい物質はないので、各有機物質について、その感度比を求めておくことにより、複雑な化合物を含めて、ほとんどの全溶出成分を定性確認することが可能であり、また、無機物質に相当するピークは熱伝導セル検出器のピークのみ記録されるので、有機成分から明瞭に区別することができる。」旨の記載及び、成立に争いのない甲第二号証の三(本願願書添付の図面)をさきに認定した本願発明の要旨に併せ考えれば、本願発明にかかる定性方法は、水素ガスに対する熱伝導度及び水素焔の電気伝導度を測定することにより、ガスクロマトグラフからの溶出成分を定量する周知の熱伝導セル検出器及び焔イオン化検出器の周知の特性に着目して、これを利用し、その各測定結果を比較することによつて、定性を行う方法であるということができ、これに対し、さきに認定の引用例の定性方法は、成立に争いのない甲第七号証の三(引用例)によれば、要するに、ガスクロマトグラフからの溶出成分のマススペクトルを測定することにより定性を行う方法であることが認められるので、この点からいつても、引用例の方法が全く異なる技術内容のものたる本願発明の構成を示唆するところはあり得べくもないといわざるをえない。更に、本願発明の明細書(前出甲第五号証)における発明の詳細な説明(利用される各検出器の特性についての説明を含む。)に関する、さきに掲げた記載に前出甲第二号証の三、同第五号証中のその余の記載を併せ考えれば、本願発明は、引用例と相違する、さきに見たような構成をとることにより、マススペクトロメーターのような定性専用の検出器を用いることなく、いずれも定量のみが可能である従来周知の熱伝導セル検出器及び焔イオン化検出器を利用して定性を行い、ガスクロマトグラフから溶出する全成分について重要な定性の手がかりを得ることができるという格別の効果を奏することが認められるから、本願発明における右のような構成は、ガスクロマトグラフ分析の技術分野における通常の知識を有する者が引用例の記載事項に基づき容易に発明をすることができるものということはできない。

被告は、設定された試料の分析目的に適応する検出器を選択のうえ併用して試料を分析することは、例えば、燃料ガス分析における吸収法のように、分析技術分野において普通一般に行われているところであるから、本願発明において、ガスクロマトグラフに使用される検出器の特性を考慮し、引用例のマススペクトロメーターに代えて、焔イオン化検出器を併置するようなことは、当業者において容易に考え付くことであり、このようにして各検出器の検出結果を比較することは、分析意図を達成せしめる手段として当然の帰結であるとともに、その方法自体に困難があるとはいえない旨を主張するが、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、被告例示の前記吸収法による燃料ガスの全成分の分析は、単に各成分に応ずる吸収剤を順次使用することにより全成分の分析を達成するものであり、したがつて、その分析結果は各吸収剤による測定結果の単純な総和にすぎないものと認められるところ、これに対し、本願発明は、定量分析のみを特徴とする二種の検出器の周知の特性に着目し、これを利用し、その各測定結果を比較することによつて、定性分析を行う方法であつて、各検出器の測定結果を単純に寄せ集めただけでは、定性分析が可能となるものではないから、右吸収法をもつてしては、本願発明において二種の検出器を併置して分析することを分析技術分野において普通一般に行われている程度のものとすることができず、また、本願発明が右吸収法程度のものであるという前提のもとに、分析意図を達成する手段として当然の帰結であり、その方法自体に困難がないと論じ去ることはできない。次に、被告は、本願発明の奏する効果をもつて、使用される各検出器の利害得失を熟知している当業者の予測しうる程度のものたるにすぎず、また、分析の手段及び分析結果の精度からみて、引用例の方法に比し格別のものではない旨を主張するが、本願発明においては、右のように定量のみを特徴とする二種の検出器の測定結果を組み合わせて各検出器単独では得られない定性分析の効果が得られるのであるから、その各検出器の特性が周知であつても、そのことだけで直ちに右効果を予測しうる程度のものとすることはできず、また、本願発明は、引用例とは全く技術内容の異る分析手段により、前出甲五号証の記載からも窺われるように、それなりに、独特の分析効果を挙げるものであるから、その分析の手段及び分析結果の精度を引用例の方法と比較し格別のものがないと評価すべき筋合いはない。よつて、被告の主張は、すべて理由がない。

そうだとすれば、本件審決は本願発明及び引用例の方法の各技術内容を誤認して、その相違点の見定めを誤つたため、結論として、本願発明がガスクロマトグラフ分析の技術分野における通常の知識を有する者であれば、引用例の記載事項から容易に発明をすることができたものであるとの誤つた判断に達し、これを理由に、本願発明は特許を受けることができないとした点に、取消に値する違法があるといわざるをえない。

三 叙上のとおりであるから、本件審決に右のような違法のあることを理由に、その取消を求める原告の本訴請求は、正当である。よつて、これを認容する。

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